この物語はフィクションです。
登場人物と近しい人がいても、それはきっと幻想です。 石とか投げないようにお願いします 街灯に明かりがともる頃、彼は決まって溜め息をついていた。 「また、売れなかった」 目の前に並べられている商品を見て、また溜め息。 彼が座る通路にはひっきりなしに人が歩いているというのにも関らず、誰も彼のことなど見向きもしない。 「どうしよう」 ぐぅ、と小さく鳴る自分のお腹とにらめっこして、財布の中身を計算する。 なけなしどころかほとんど無一文に近い状態。手持ちの商品だけでも売れてくれれば、まだなんとかなろうものなのに。 雑踏を見て、どうしたものかと途方にくれる。そんな日々がここのところずっと続いていた。 武器職人に憧れ、ジュノに飛び出した。修行に明け暮れる中、いつしか「己だけの武器」というものを夢見た。 世間にはよく切れる剣、屈強な斧、精錬された杖など多種多様な武器が、既に出回り尽くしている。それでも彼は、自分だからこそ作れる武器というものを志した。 「けど……こんなんじゃ先に干からびちゃうよ」 我慢しようとしても、お腹の鳴りは収まらない。 彼は盛大に溜め息をつくと、意を決して下層へと移動した。 「いらっしゃい~。どこでもお運びしますよ~」 一人のタルタルの声が周囲に響く。哀しいことに、武器屋の露店と違ってすぐに客の注文に囲まれた。 「はい、コンシュタットですね。お代は先で~。こちらはヨアトルですね。はいはい。順番ですよ。並んで並んで~」 それでもにこやかに、商売を続けていく。残念なことに、彼が「副業」と決めていた仕事が、周囲では本業と認知されていた。 魔法詠唱までの待ち時間に、常連に近い人が話し掛けてくる。 「そういえば、最近武器の販売にも手を出しているんですって?」 長身な銀髪エルヴァーンの女性が問う。 そんな彼女の笑顔に、彼はお愛想をしながら、 「はは、まぁ、最近というか、それが本業というか……」 語尾をぼかしつつ、コンシュタットへの地脈を繋ぐ魔法を詠唱する。 「この間、ちょっとのぞかしてもらったんだけれど」 「どうでしたか?」 「手作りに拘るのも悪くないと思うけど、もうちょっとセンスを磨いたほうが、よいように思うわ」 「参考にさせていただきます」 「がんばってね」 悪気なく響く言葉に、タルタルはまた小さく溜め息をこぼす。 ジュノにきてから、幾度目の溜め息であるのか、考えるのもいやになりつつあった。 彼は基本的に貧乏だった。 武器屋職人を目指すために、まず考えたのは、材料の自主調達。そのために腕っ節を上げることを決める。彼が選んだのは白魔道士。結局魔法代だなんだと、お金がなくなった。 それでも白魔道士の能力である、クリスタルラインを繋ぐ魔法によって、日々の糧を得ることもできた。「テレポ屋」などという愛称で彼を呼ぶものもいたが、武器職人を目指してる彼にとっては、少々不本意だったのかもしれない。 材料調達のために、つるはしを振るう日々が過ぎた。しかし、つるはしはよく折れる。その元手も馬鹿にならないくらいになり、彼は決心した。 「フィールド装備という特殊な服を手にいれなければ」 なけなしの金をはたき、彼は服を新調する。そして、またも散財した。 彼は、家計簿をつけるのが苦手だった。 というより、算数の成績がいつも低かった。 すっかり緑色の服がトレードマークとなったタルタルは、いつものように、露店を開いている。しかし、誰もが素通り。たまに立ち止まってくれる人々もいたが、すぐに興味を無くしたように、去っていってしまう。 もう故郷に帰るしかないのかもしれない。 くじけそうな気持ちとの葛藤に、彼はすっかり疲れはてていた。 食べることにはことかかないが、不本意でしょうがないテレポ屋家業。しかも武器屋と違って、そちらの業績はうなぎのぼり。 女神の力を使って稼ぐことに抵抗は感じることもなく、不毛な毎日ばかりが過ぎ行く。 そんなある日、彼は珍しくも上層にある教会に足を踏み入れた。 鮮やかな光に包まれる室内。中央正面には厳かな神像が掲げられていた。 ぼんやりと、そんな像を見つめていると、カツーンと微かな足音が響き、何故か自分の傍らに止まる。気配を感じ取り、彼はゆっくりとその音へと視線をめぐらせた。 そこにいるのは、荘厳なる白と赤い衣装を身にまとった一人の女性。栗色の髪が印象的だった。知らないうちに言葉を失い、不躾ながらもそのまま見つめつづけてしまう。 「迷える者よ……」 淡い光のようなものをまとった彼女は、小さく呟いた。呼びかけられた彼は、小さく息を呑むと、ただひたすらに次の言葉を待った。 「あなたが目指す道を示しましょう」 どこからともなく、彼女の手に、一つの棍棒が握られる。それは彼すらも初めてみる、武器であった。 「そ、それは?!」 我を忘れて口にする。それに、悠然な笑顔のまま、彼女は更に続けた。 「これは今生を彷徨い続ける、死せず者たちの慟哭を打ち砕くもの。白魔道士の力を収めた貴方ならば、きっと使いこなせるはず……」 「なんてすばらしいフォルム。雪のような白い中に、無数に張り付いているとげたち……。その武器を俺が使えるというのですか?!」 「ええ。そして使いこなした上で、貴方ならば更に同士を募ることができるでしょう」 「ですが、その棍は一本しかない!」 「いいえ、それは違います。貴方のその熱き想いを具現化すれば、数は増えつづけるのです」 すると彼女は手にしていた棍棒をタルタルへと向ける。 「受けるも受けないも、あなた次第。誰も責めたりはいたしません」 笑顔のまま続ける彼女に、彼は夢見ごこちにそれを手にした。 「お、俺に、本当にこれが……」 抜けるように白い物質に、数多くついている棘たち。かのシェルバスターをもしのぐ、造詣だった。 「俺、やります! この棍を、ヴァナ・ディールの世界に広め、今もなお苦しむ霊魂を慰める旅にでます!」 決意を胸に秘め、彼は棍棒を振り上げた。高々と、誓いを知らしめるかのように。 その様子に満足したのか、不意に彼女の身体が光る。棍棒を与えた彼女は、それから数秒後、その場からかき消えた。 不思議な事象に一瞬唖然としていたが、それでも手に残る冷ややかな感触を実感する。 かくして、一人のタルタルは決意を新たに、その白き棍棒を手にした。太陽の光を浴び、死せるものの魂を鎮めるそれを、彼はボーンカジェルと名づけた。 勇み足で駆け出していくタルタルを二つの影が見つめていた。 「あーあ、あんなに喜んじゃってるよ」 「単純でいいねぇ。悩みなさそう」 呟いた相手を、髷を結った男性があきれたように見つめた。 「それ、おまえには言われたくないと思うぞ?」 「なんでだ?」 理解しがたいように、かぼちゃをかぶったエルヴァーンは問い返す。しかし至極真面目そうに聞かれたことに、髷の男は嘆息をつくだけで終わらせた。 「んじゃ、計画の第ニ段階スタートと行きますか」 「待てよ。姉御がまだ帰ってきてない」 「たっだいま~」 髷がかぼちゃを止めようとした瞬間、明るい声音が割ってはいってきた。 その姿を認めると、二人はねぎらいの言葉をかけた。 「いやぁ、ばれるかもって結構どきどきしてたんだけど……本当、単純なタルタルでよかったわ」 「ただ、第一段階終わっただけだから、次からも気を引き締めないとなぁ」 「おまえ……だったら、そのかぼちゃを脱げば、正体わからなくなるから、安心しとけ」 「冗談じゃない! これは俺のトレードマークだ! おまえこそ髷を落とせば、正体なんぞばれっこない!」 「ふざけんな! 髷はなぁ、一度落としたら、当分結べないんだぞ!」 訳のわからないことで口論をはじめようとした二人を、彼女は冷ややかに見つめている。 「二人とも、よくそんなくだらないことでケンカできるわね」 「「くだらなくなんかない!」」 「そもそも、正体も何も、あの子に接触もしてないじゃない」 今にもつっかみ合いになりそうな所が、すんででとまる。 言われてみれば、かのタルタルに接触したのはまだ彼女一人。 「仲たがいが理由で、せっかくの計画おじゃんにしたくないし。大人しくしてね」 にっこりと、微笑みかける。その笑顔の裏の意味を知っている二人としては、そこは大人しくひいた。お互いの意思を確認するように頷きあい、離れる。 「それじゃ、もう一度確認しましょうか」 「俺は、かぼちゃ頭無きものに罰をあたえるために!」 「サブリガ以外のズボンを廃止するために!」 かぼちゃと髷が確認するかのように続け、そして二人は女性へと振り返る。 「そして新しい王国を設立するために」 嫣然と微笑むその姿は、タルタルを前にした聖女と見まごうべき雰囲気は存在しなかった。 タルタルは気づかなかった。否、すでに手遅れだったのだ。 彼女が渡した棍棒ははるか古代に人を魅了する魔法が封印されていた。 その棍棒を手にしたものは、術者の声に逆らうことなく魂をすわれていく。 そんな危険な代物であると今更ながらに気づいても、時既に遅し。 三人の不気味な影は、今まさに彼へと迫りつつあった。 <続く……わきゃない!>
by kyaokyawo
| 2004-08-19 01:53
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